三日月代表のブログ

あの子のサドルになりたいという一途な気持ち

「あの子のサドルになりたい。」

自転車通学をする男子学生が1度は口にしたことのある文言だ。

あの子の股にうずくまりたいという考えから到達した来世への願いだろう。

しかし、一度考え直してほしい。本当にあの子のサドルになってもいいのだろうかと。

あの子はたしかにかわいい。肉感もあるし、スカートも短い。

サドルとして、これ以上のサドルはないだろう。

しかしあの子のサドルになってしまえば、一生あの子の股にうずくまることしかできなくなる。つまり、あの子の股と一生の愛を誓うということになるのだ。

しかも、あの子は通学の時にしか自転車に乗らない。授業中やあの子が友達と遊んでいる時、あの子が寝ている時、サドルはずっと一人だ。

通学時間になっても、天気の悪い日なんかはバスで通学するだろう。

サドルになるということは、人生の大半がただただ上を見続けて終わることになるのだ。

田舎のあの子ならば、夜なんか星が綺麗に見えていいだろう。しかし星空を見たくてサドルになったわけではないし、そんなのどうでもいい。

あの子の股にうずくまりたい。性欲を満たしたい。ただそれだけなのだ。

しかし、サドルはそんな簡単な気持ちでなれるような者ではない。

たとえサドルになったとしても、二人の大事な通学時間もすぐに終わりが来る。

 

あの子に彼氏ができるのだ。

あの子は可愛いから自転車通学を始めて1年も経たない内に彼氏ができるだろう。

そして、一緒に帰る。

もしもあの子の彼氏の自転車がパンクしたとなれば、どうなるだろう。

二人乗りをして帰る。

荷台にはあの子が乗り、彼氏はもちろんサドルにまたがる。

あの子の目の前で、彼氏の股にうずくまらなければならないのだ。

ここまでの屈辱はそうない。

サドルになるということは、大半の人生を一人で上を見ながら過ごし、最終的にあの子の彼氏の股に顔をうずめなければいけないのだ。

それでも尚、あの子のサドルになりたいと思えるだろうか。

「あの子のサドルになりたい」というのは、そこまでの覚悟がないと決して口にしてはならない言葉なのだ。

 

そうして来世を見失った学生たちに、僕は新しい来世を紹介したい。

それは銭湯の貸しタオルだ。

貸しタオルであれば、毎日違う女性と過ごすことができるし、サドルよりも攻めている。

確実に性欲を満たすことができるのだ。

ただ、貸しタオルになる前に徹底的な調査が必要になる。利用客の世代や傾向など、膨大なデータから銭湯を見極め、自分の人生を捧げなければならない。

この調査に失敗すると、自分の人生はただの生き地獄と化す。

様々なおばあちゃんと仲良く過ごすことになるのだ。

そしてもし、あるおばあちゃんが貸しタオルを返さずに家に帰った時には、そのおばあちゃんと一生の愛を誓うことにもなる。

これを踏まえて、

「生まれ変わっても自分になりたい。」

と思ってもらえれば幸いだ。