三日月代表のブログ

三重県人の関西人ぶり方とファッションセンターしまむら表参道店の類似性について

以前、僕が好きなバラエティ番組を見ていたらダウンタウン松本人志が言っていた。

「三重のやつって関西人ぶるのよ~」

わかる、と思った。

三重県人を敵に回す前に先に言っておこう。僕は三重県人である。安心してほしい。

赤福も食べたことがあるし、志摩スペイン村のよくわからないキャラクター達とも一緒に踊ったことがある。まだ画面を閉じないでほしい。

 

ありがとう。

話は戻るが、三重県人は関西人ぶる人が多いと僕は思う。

でも、全員が全員ではない。

主に、関西弁訛りを持つ地方で生まれた三重県人が上京した時に、関西人ぶってしまうと僕は思う。

なぜなら、個性になるからだ。

関東では、ほとんどの人が標準語で会話を繰り広げている。その中に、関西弁っぽい三重県人が参加するとどうだろうか。そいつは関西人として認識されるだろう。

そして、一般的に関西弁を話す人のイメージはどうだろうか。賛否両論あると思うが、女の子だったらかわいいとか、男の子だったらおもしろいとか、プラスのイメージが多いと思う。

関西人と思われて得しかないのだ。

こうなっては三重県人が関西人ぶらないわけにはいかないはずだ。

しかし、これに対して腹立たしく思うのがリアル関西人である。

おそらくリアル関西人にとって、関西弁はリアル関西人だけの神聖なモノなのだ。リアル関西人は関西というブランドの中に生きているのだ。

つまり、三重県人というエセ関西人が関西の領域に入ってくるということは、オシャレでハイブランドなお店が立ち並ぶ表参道に、突如ファッションセンターしまむらがオープンしたような、そんな腹立たしさなのだ。しかもそのファッションセンターしまむらは、表参道の街並みに溶け込もうと必死に装飾を施している。

腹立たしく思ってもしょうがないだろう。

でもリアル関西人たちには、わかってほしい。

僕たち三重県人も必死なのだ。個性がほしいのだ。関西弁訛りの土地に生まれたからには、関西というブランドにあやかりたいのだ。 

逆にリアル関西人もそうだろう。

関西で育ち、その後上京した暁には、関西弁を利用して個性的になってやろうという人がほとんどだろう。だから関西人は上京しても関西弁を直さない人ばかりなのだろう。

つまり、みな生まれ持ったモノにすがって生きていきたいのだ。

背の高い男の子だって、胸の大きい女の子だって、生まれ持ったモノをうまく利用しながら生きている。

あのファッションセンターしまむらも、表参道に生まれてしまったのであれば、表参道という武器を手にしてまでも、営業利益を上げたいというのは決しておかしなことではない。

自分の持っているモノは全面的に出していくべきだし、少しぐらい盛ってもいいと僕は思っている。

だから、それぞれ自分の持っているモノに対して、どんな小さかろうが自信を持ってもらいたいと思う。

 

ちなみに、僕も関西弁訛りの土地に生まれ、大学生の時に上京をした。

関東の人達と話すと

「あれ、関西出身の人?」と聞かれるので、

「いや、関西っていうか、三重県です。」と僕は答える。

僕は関西人ぶらない。