三日月代表のブログ

三日月ことぼくについて

・基本的なこと

三日月です。

現在、24歳の男。

神奈川県に住み、会社員2年目として働いている。

三重県のごくごく普通の金持ちの家に生まれ、祖父、祖母、父、母、姉に大事に大事に育て上げられた。

そんな金持ちに頼りながら生きてきた僕は、あるライターと出会うまで、

人生はなんとなく生きてりゃなんとなく成長していく、単純作業みたいな感覚で生きてきた。

 

・小学生

この頃はとにかく勉強ができた。

なぜならば勉強をすれば欲しいものが簡単に手に入ったからだ。

僕が父に「このゲーム欲しい!」と言えば、「次の塾のテストで偏差値60以上なら買ってやる!」というお決まりの流れ。

そして好成績を残して購入。

小学生達がこぞって目を光らせるような、クリスマスか誕生日でしか手に入れられない物を、僕は時期関係なく簡単に手に入れていた。

このおかげで、勉強だけをしていればこの世は安泰だという間違った考えが培われてしまったと思う。それと同時にお金に対する考えがバカになっていたと思う。

 

・中学生

頭の良かった僕は、もちろん頭のいい中学校に入学し、自分のアイデンティティを失った。賢い奴らがわんさかいたからだ。

今まで僕のアイデンティティの担当をしてもらった勉学には完全に撤退して頂き、次なるアイデンティティとして、音楽が待機していた。

こいつは僕の人生の大半を支配していくことになる。

この頃僕がよく聞いていた音楽は姉から教えてもらったものがほとんどで、マイナーなバンドばっかりだった。マイナーな音楽を聴くというのは、自分にとって新鮮な気持ちだったし何よりも優越感がすごかった。

だからミーハーは大嫌いだった。(今は嫌いじゃないよ。)

僕だけで作り上げた世界に、古くからの仲間みたいな顔つきで堂々と土足で入ってくるような図々しさを持つあいつら。

あいつらから一線を画すためにも、どんどんとマイナーな音楽への追求をしていった。

 

・高校生

音楽を聴くだけじゃ飽きたらず、僕は楽器を始めた。

なぜならばモテたかったからだ。せっかく手に入れた音楽というアイデンティティを振りかざしまくりたかったからだ。

その甲斐があったわけではないが、ようやく僕にも春が来た。初めての彼女ができたのだ。しかし、すぐに別れることになる。

短かすぎる春だった。単なる異常気象だと信じるしかない。

その子と別れてから、このことに関して深く考えることはなかったのだが、何か自分の心に傷が入っていたらしい。

急に女性と話すのが怖くなってしまったのだ。(ブス以外)

女性(ブス以外)と話すと顔は真っ赤になるし、女性(ブス以外)がいるところは避けていた。電車で女性(ブス以外)が隣に座られるのも辛かった。

おそらく完全に自信を失っていたんだと思う。

さらに女性恐怖症からあがり症が併発し、人の前に立つことが怖くなった。

人の前で意見や言葉を発しようとすると、立ってられなくなるほど緊張してしまうのだ。

ただ、楽器で人の前に立つときは、そこまでの 緊張感はなかったし、なにより楽しかった。バンドをしながらあがり症を克服したいなと思いつつ、オリジナルバンドで一生食って行きたいとも思っていた。

それならば東京いくしかないだろうという安易な考えで、絶対に東京の大学に入学しようと勉強した。

 

・大学

普通に頭の良かった僕は難なく東京の大学に入学することができ、すぐに音楽サークルに入った。

そこでは、人見知りの僕でも音楽を通してサークルの人達と仲良くなれたし、女性恐怖症の方も何故か和らいでいた。完全に知らない人達ばかりだったからかもしれない。もしくは、女性への恐怖を考える暇がないほど楽しかったのかもしれない。

こんな楽しい場所にいたせいで、オリジナルバンドとかはどうでもよくなり、サークル中心の生活が始まることになった。

しかし、サークルの人達と仲良くなるにつれて、「お前のアゴでかくない?」「アゴー」「死ね!」と言われるようになった。

僕史上最大の弄られ期の到来である。今まで気づかなかったが、自分のアゴの圧倒的存在感を知ることになった。

弄られるようになってから、僕への弄りは絶対に逃さないし、ちゃんと受け応えられるよう努力した。

だから卒業まで弄られることになってしまうことになるのだが、そんなある時サークルの友人に核心を突く言葉を言われた。

「おまえ、自分から何もしないよね。」

その通りだった。その場が楽しくあればいいと思っていたから、弄りという与えらえたことに対して必死に応えていたが、他人に無関心すぎるが故に、何か自分からアクションをすることが相当少なかった。

周りの目を気にしながら、周りに流され、なんとなくその場をやり過ごしながら生きていたのだ。その結果、あがり症も克服していないままだ。

そこで自分には足りないものがたくさんあることにやっと気づいた。

そして、このままじゃ社会人としてやっていけるのかという不安に陥った。

今まで気づいていなかったが、就職に失敗しても自分の家を継ぐという逃げ道があるし、親に頼めばお金がもらえる環境があった。与えられる環境がしっかり整っていたから、なんとなく生きていけると思っていた。

こんな自分を変える最後のチャンスだと信じ就活を始めた。

 

・社会人

なんとか大きな会社に入社することができた僕は、今までの自分から何か変わるんじゃないかという希望を抱きながら働いていた。

しかし自分は何も変わらず、「いつか自分は変われるんだ」「いつか」と思うようになっていた。

そんなある時、あるライターに出会う機会があった。

その人は、自分とは全然違う価値観を持っていて、正直出会ったことのない人間だった。

しかし、話をどんどん聞いていくと自分と同じように周りの目を気にしながら生きてきた、僕と同じ境遇の持ち主だったのだ。そして、フリーで働くことによって自分を変えたそうだった。

新しい価値観を与えられた。またしても与えられてしまった。

これから自分を変えるために、自分で何かを与えられるように記事を書いていこうと思う。